この記事では、私が経験した「相続した不動産の売却」という複雑なプロセスを、売主としての視点から、その心境の変化や具体的な体験談を交えて、約6000字のボリュームで詳細に綴っていきます。
序章:突然の相続と、重くのしかかった不動産
私の父が急逝したのは、去年の春でした。悲しみに暮れる間もなく、私たち家族(私と妹の二人兄弟)には、実家とその土地という、大きな「負の遺産」とも言うべき財産が残されました。
父が長年大切にしてきた実家は、私たち家族にとって多くの思い出が詰まった場所です。しかし、そこには感傷だけでは済まされない現実的な問題が山積していました。
1. 相続財産の把握:まずは何が残されたのか?
相続手続きの第一歩は、故人の残した財産、つまり遺産全体の正確な把握です。
- プラスの財産: 預貯金、株式、生命保険、そして今回の主題である「不動産(実家と土地)」。
- マイナスの財産: 借入金、未払いの税金など。
幸い、父は生前、大きな負債を残していませんでしたが、問題は不動産でした。
2. 相続人、そして遺産分割協議の難しさ
相続人は私と妹の二人。一見シンプルな構図ですが、実家の不動産をどうするかで意見が分かれました。
- 妹の意見: 「私は遠方に住んでいて戻る予定もないから、一刻も早く売却して現金化したい。」
- 私の意見: 「売却には同意するが、できれば少しでも高い価格で、父の思い出を大切にしてくれる人に買ってほしい。」
不動産は物理的に分割できないため、遺産分割協議を経て、誰がどう相続するかを決定する必要があります。私たちは最終的に、「私(兄)が代表して売却を進め、得た現金を二人で均等に分ける」という形で合意しました。これが売却への道のりの始まりでした。
第1章:従来の売却(仲介)の壁と挫折
当初、私たちは一般的な方法である「不動産仲介」による売却を試みました。これは、不動産会社に依頼し、一般の買い手(個人)を見つけてもらう方法です。
1. 仲介売却のメリットとデメリット
| 項目 | メリット | デメリット |
| 仲介売却 | * 市場価格に近い、高値での売却の可能性がある。 | * 売却期間が長い(数ヶ月〜1年以上)。 |
| * 買い手を選べる(交渉の余地がある)。 | * 内覧対応や、契約不適合責任(瑕疵担保責任)のリスクがある。 | |
| * リフォームや修繕費用が自己負担になる場合がある。 |
2. 立ちはだかった「古さ」と「立地」の壁
仲介会社に査定を依頼したところ、厳しい現実を突きつけられました。
A. 築年数の問題
父の実家は築40年を超える木造一戸建て。
仲介担当者からの言葉:「この築年数ですと、購入希望者のほとんどは**『土地』としての価値**しか見ません。建物の価値はほぼゼロ、むしろ解体費用を引いて考える必要があります。」
買主がローンを組みにくくなる「旧耐震基準」の建物であることも、大きなマイナス要因でした。
B. 心理的瑕疵の懸念
実家で父が亡くなった場所は、内覧に来た方々に対し、**心理的瑕疵(しかく)**として告知しなければなりません。これは、一般の買主(個人)にとっては非常にデリケートな問題であり、売却の大きな障壁となりました。
C. 内覧のストレスと長引く交渉
半年間、週末は内覧対応に追われました。見知らぬ人たちが思い出の詰まった家を査定し、「古い」「狭い」「ここを直さないと」と指摘されるたびに、心が折れそうになりました。
提示される価格は、私たちが希望する額には遠く及びません。時間だけが過ぎ、結局、一年が経過しても売却に至りませんでした。
第2章:新たな選択肢「不動産買取」への転換
仲介による売却活動に疲れ果て、私たちは時間と精神的な限界を感じていました。そんな時、仲介会社の担当者から一つの提案がありました。それが「不動産買取」です。
1. 不動産買取とは何か?
不動産買取とは、不動産会社自身が、私たちの実家を直接買い取ってくれる方法です。仲介のように「買い手を探す」プロセスが一切ありません。
買取と仲介の違い
| 項目 | 不動産買取(業者買取り) | 不動産仲介(個人向け) |
| 売却相手 | 不動産会社(プロ) | 一般の個人 |
| 売却価格 | 市場価格より安価(相場の70〜85%程度) | 市場価格に近い |
| 売却期間 | 圧倒的に早い(最短数日〜1ヶ月) | 長い(数ヶ月〜1年以上) |
| 仲介手数料 | 不要(売主と買主が同一のため) | 必要(売買価格の約3%+6万円+消費税) |
| 契約不適合責任 | 免責(プロ相手のため) | 負う(売却後2〜3ヶ月程度) |
| 内覧/修繕 | 原則不要 | 必要 |
2. 買取価格は安いが、メリットが大きい
買取価格は、仲介で提案された価格よりも約20%低いものでした。この事実だけを受け止めると、手取りが減ることに抵抗を感じました。
しかし、冷静にメリットとデメリットを比較検討した結果、私たちは「買取」こそが最善の道だと判断しました。
決断に至った重要な理由(売主の視点)
- ⏰ スピードと確実性:
- **「いつ売れるか分からない」**という精神的な負担から解放される。
- 買取であれば、数週間以内には確実に現金化できる。遺産分割を早く完了させたい妹にとっても、これが一番重要でした。
- ⚖️ 契約不適合責任の免責:
- これが最も大きな魅力でした。仲介売却の場合、売却後に「雨漏り」「給湯器の故障」などが見つかると、売主が修理費用を負担しなければならないリスクがあります。
- 買取の場合、買主は不動産のプロなので、「そのままの状態でOK(現状有姿)」という契約になり、売却後の心配が一切なくなります。
- 🧹 手間と費用の削減:
- 内覧対応の必要がない。
- 残置物(家の中に残された家具や荷物)の撤去費用も、買取業者が負担してくれるケースが多い(私たちの契約もそうでした)。
- 仲介手数料が不要になるため、実質的な出費が大幅に減る。
**「価格の高さ」を追求するよりも、「安心」「確実性」「早期解決」を優先する。**これが、私たちが買取に舵を切った理由です。
第3章:不動産買取の具体的なプロセスと交渉術
買取を依頼する会社を決め、具体的な手続きに入りました。このフェーズでは、売主として特に「買取価格の交渉」に力を入れました。
1. 複数の買取業者による査定(相見積もり)
買取業者によって、物件の評価基準や得意とする物件種別(戸建て、マンション、再建築不可など)が異なります。そのため、複数の買取業者に査定を依頼しました。
- A社: 「解体して更地にした後、建売住宅にする予定」
- B社: 「古い建物をリノベーションし、賃貸物件として活用する予定」
買取価格は、A社とB社で約200万円の開きがありました。これは、業者によって**「物件の出口戦略」が異なる**ためです。この相見積もりによって、実家の買取価格の「相場(買取価格としての)」を知ることができました。
2. 交渉のポイント:価格以外の条件
査定結果をもとに、最も高値を出したB社と交渉を進めました。買取は仲介と違い、価格交渉の余地は少ないですが、価格以外の条件で優位性を確保できます。
A. 残置物の処分
実家には、父が趣味で集めた大量の荷物が残っていました。これらを全て自分たちで処分すると、数百万円の費用と多大な労力がかかります。
- 交渉: 「残置物については、全て貴社側で処分する条件で、買取価格を据え置きにしてもらえませんか?」
- 結果: B社は、物件の立地や規模から、残置物処分費用を価格に含める形で了承してくれました。
B. 決済時期(引き渡し時期)
買取はスピードが最大のメリットですが、私たちには遺品整理の時間が必要でした。
- 交渉: 「契約から引き渡しまで、2ヶ月の猶予をいただきたい。」
- 結果: B社は、確実な取引を優先し、このスケジュールを受け入れてくれました。
最終的に、買取価格は市場価格より低いものの、仲介手数料や残置物撤去費用を節約できたため、手取り額は仲介で売れた場合の試算とほとんど変わらないという、納得のいく結果となりました。
第4章:売主の心の葛藤と、安堵の契約・決済
買取契約は、仲介契約と比べて非常にスムーズでした。しかし、この最終フェーズは、私たちにとって最も感情的な時間でした。
1. 契約締結:プロとの簡潔なやり取り
買取契約では、買主である不動産会社はプロですから、契約内容の理解度が高く、売主側に求める条件も非常に明確です。
- 契約不適合責任の免責が明記されていること。
- **残置物を残したままの引き渡し(現状有姿)**が明記されていること。
これらの重要事項を確認し、契約を締結しました。仲介の時のような、個人買主との細かな条件交渉や、手付金に関する心配もなく、心は軽くなりました。
2. 最後の作業:遺品整理と心境の変化
引き渡しまでの2ヶ月間は、実家で過ごす最後の時間となりました。妹と二人で、父の残した荷物を整理し、家の中を空にしていきました。
初めは「こんな安い価格で売ってしまって、父に申し訳ない」という罪悪感がありました。しかし、整理を進めるにつれ、**不動産は単なる「物」ではなく、その後の私たちの人生を左右する「重荷」**でもあると痛感しました。
- 高値を追って時間を浪費し、空き家にしてしまうリスク。
- 固定資産税を払い続ける負担。
- 遠方に住む妹が、何かあった時に対応できない不安。
買取という選択は、「思い出と決別する痛みを、迅速な解決という安堵に変える」ための合理的な決断だったと、心から納得できました。
3. 決済(引き渡し):安堵の瞬間
指定された銀行で、買主(買取業者)との間で最終的な代金のやり取り(決済)と、所有権移転の手続き(登記)を行いました。
- 買主から買取代金の残金が振り込まれる。
- 司法書士が所有権移転登記を申請する。
- 売主は買主に実家の鍵を引き渡す。
これをもって、実家は正式に私たちの手から離れました。その瞬間、私たち家族を長年縛り付けていた、相続不動産という重荷から解放されたのです。
終章:売主としての教訓とまとめ
相続不動産の売却を終えた今、売主として得られた最も重要な教訓は、**「相続不動産の売却においては、必ずしも高値売却が最善ではない」**ということです。
買取が適している相続不動産の特徴
私たちの実家のように、次のような条件に該当する不動産は、不動産買取が最適な選択肢となります。
- 古い家(築30年超): リフォーム費用が高く、個人買主のローンが通りにくい物件。
- 心理的瑕疵がある物件: 告知義務があり、一般個人が敬遠しがちな物件。
- 相続人が遠方に住んでいる場合: 内覧対応や契約不適合責任のリスク回避を優先したい場合。
- 急いで現金化したい場合: 遺産分割を速やかに完了させたい場合。
- 残置物が多く、片付けの手間を省きたい場合: 業者がそのまま買い取ってくれるケースが多いため。
最終的な手取り額は、手数料と経費で変わる
最終的な手取り額を考えるとき、仲介売却での「売却価格」と、買取での「買取価格」だけを比較してはいけません。
$$\text{手取り額} = \text{売却価格} – (\text{仲介手数料} + \text{契約不適合リスク費用} + \text{修繕費} + \text{残置物処分費} + \text{税金など})$$
買取の場合、仲介手数料、契約不適合リスク、残置物処分費がほぼゼロになるため、買取価格が安くても、結果的に手元に残る金額が仲介と大差ない、または手間と時間を考慮すれば買取の方が優れているという結論に至ることが多々あります。
悲しみから始まった相続でしたが、最終的には不動産買取という選択肢によって、私たちは合理的かつ迅速に問題を解決し、家族間のわだかまりもなく、新たな一歩を踏み出すことができました。
もし、今、相続した古い不動産の処分に悩んでいる方がいれば、一度「不動産買取」という選択肢を真剣に検討してみることを心からおすすめします。


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